ブダペスト在住7年目の冬、HUNGARY JAPAN WINE ASSOCIATION ハンガリーワイン協会、設立。

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ブダペスト在住7年目の冬、HUNGARY JAPAN WINE ASSOCIATION ハンガリーワイン協会、設立。

こちらの投稿、まだ何も書き始めていなかったのに、ずっと公開設定になっていたことに気が付かず、10か月近くが経っていました。

一度、下書きに戻して、公開の日付を2021年11月10日現在に戻して、配信をし直ししようか悩みましたが、こちらのURLに現在まで数多くアクセスいただいていたので、URLを変えるこのまま掲載していようと思います。

VillányのBOCK ボックワイナリー、オーナーでワインメーカーのヨージェフ氏と。

2021年11月19日にヴィッラーニで開催されたFranc & Francで

右がボックワイナリーのオーナーで偉大なワインメーカー、ボック・ヨージェフ氏。

左はハンガリーの本格的なワイン専門雑誌、Vinceマガジンの初代敏腕編集長で、現在は、ハンガリアンワインという団体を主催し、オンラインワインマガジンを配信するアーグネシュさん。

アグネーシュさんにはたくさんのワインイベントにお招きいただいたり、Vinceマガジンへの出演依頼も彼女とのご縁によって生まれ、また、イギリスのMaster of Wineの方々との交流も、彼女の存在なくしてはあり得なかったので、個人的には大変な恩人のように感じています。

彼女はハンガリー人ですが、ハンガリー在住でなくほかのヨーロッパの某国在住の方。

ハンガリーワインのPR活動のたびにその国からハンガリーに戻ってこられるのですが、彼女の“ハンガリーワイン業界”とのかかわり方というのは、非常にスマートで憧れを覚えます。

ヴィンツェ・マガジン12月号に、載りました。

Vince Gála és Borfesztivál
Vince Gála és Borfesztivál

Vinceマガジン12月号にスパークリングワイン、シャンパーニュ特集ページで、私はいちワインテイスターとして出演させていただきました。

写真上、ヴィンツェマガジン上で、他の錚々たるワイン専門家の方々と並んで、なぜか真ん中のイチ。

VillányのGERE. ATTILA ゲレ・アッティラワイナリー、ワインメーカー、アッティラ氏と現オーナーのご長女、アンドレア氏と。

今年1月末、ハンガリーワイン協会と映像クリエイティブ集団、ボージュレーが共同で行った、ワインメーカーを差取材撮影するプロジェクト。

この時はヴィッラーニPDOから開始することになり、ヴィッラーニといえば、ハンガリーを代表するこの二大ワインメーカーからということで、最初にゲレ・アッティラ、次にボックを取材撮影しました。

写真はそれぞれ撮影の合間に、オーナーさんたちと一緒に記念撮影したものです。

二枚目に写っているゲレ・アッティラ氏。

ハンガリーのワイナリーとご縁をいただいた最初の方がまさに、写真で私の左隣に写っているゲレ・アッティラ氏です。

遡ること2016年、趣味と実益をかねて取材撮影のために訪れたブダペスト・ワインフェスティバル。

そこで一人取材撮影を続けていると、新型コロナウィルス禍前の同フェスティバルでは、一番見晴らしの良いエリアにブースを構えていた、“Gere Attila”を目にしました。

正直、白ワインよりも赤ワイン好きな私としては、赤ワインのラインナップが並ぶゲレ・アッティラのワインに目を奪われ、試飲しようとそこにいた背の高めのおじさん(失礼)に話しかけると、

“あなたは日本人?”

と聞かれました。

初対面のハンガリー人に、日本人ですか?と聞かれることは10%くらいしかありません。

ほとんどが“キーナイ”という、中国人のことをやや揶揄した言葉で尋ねられます。

それか、ベトナム人かシンガポールの人によく間違われます。。

あまり言いたくなかったことですが、これはハンガリー人に限らず、ヨーロッパの人全体に言えますが、日本人のイメージというと黒髪・細身・そして目が釣り目で細い というのが一般認識のようです。

子供のころから目だけは大きかったので、あまり日本人の特徴に当てはまらないのでしょうか。

初対面で日本人?と聞いてくれたことに好感を覚えた私は簡単に自己紹介しました。

するとそのおじさん(失礼)は、

“ここにあるワイン好きなものテイスティングしてくれていいよ、

あ、そうだ、さっき美味しい生ハムを買ったから、

ハムと一緒に味わいなよ”

と言ってくださり、ありがたくもそこのブースにあるほとんどの赤ワインをテイスティングさせてもらいました。

そんな気前の良いおじさんが、ハンガリー在住日本人の間では既に有名で人気だったヴィッラーニ地方、およびハンガリーを代表するワイナリー、ゲレ・アッティラのオーナー、ご本人であることを知ったのは、さらに後。。

気前よくふるまってくださった赤ワインたちも、市場ではかなりの高値でした。

そのおじさんがゲレ・アッティラ氏本人だったのですが、一通り試飲させてもらうとアッティラ氏が名刺をくださり、“うちのワイナリーに招待するからいつでも連絡してきて”とおっしゃってくださったのです。

本当に不思議な出逢いはあるものです。

Vince Gála és Borfesztivál
Vince Gála és Borfesztivál

それから、ひどいことに当時、Yahoo!Beautyのライターと、主人の親戚がオーナーを務めるネイルブランド、Moyraを日本市場に拡大させるべく、奔走していた当時の私は、そんなありがたいゲレ・アッティラ氏のお招きをずっと忘れたまま、月日が過ぎていきました。

Moyraの日本市場への拡大に向けてPR活動がひと段落区切りがついた2017年の8月、不思議なことにハンガリーのバダチョニにあるワイナリーからいきなりSNSで連絡がきて、自分のワイナリーに招待するから取材撮影してほしいというリクエストがあったのです。

その間の9月には、また違う、ハンガリーのワインラバー兼ワインショップグループのソムリエさんから、ご自身が主宰される20社以上のワイナリー合同のテイスティングパーティに突然、やはりこれもFacebookからですが、ご招待をいただき、足を運んだことで、ワイナリーの方々とのご縁が本格的に始まっていきました。

borsuli
borsuli

よくいろんな人に誤解されるのですが、私がワインビジネスに戻るきっかけとなったのは、自分から望んでというよりは、ありがたいことに当時のフィノマガジンのサイトをご覧くださったワイナリーの方々が、フィノマガジンのデザインを気に入り、フィノマガジンに掲載してほしいという希望が強くあったのでしょう。

前にどこかで書いたかもしれませんが、大学卒業後、私は都内の渋谷に本社を置く、大手食品メーカーのオーナー会社に就職しました。

そのオーナー会社は非上場で、ですが、その大手食品グループの筆頭株主は、そのオーナー会社の代表です。

その会社の入社試験には、実際にインターンとして2日間、働くというものが含まれていました。

遠い昔のことなので、あまり覚えていないのですが、確か、経理部と、その時まだその食品グループの海外事業部に新設されたばかりのワイン酒類チームで、研修といいますか、働いた記憶があります。

内定通知があったあと、当時の会社に呼ばれて、まさか2日間(3日間だったかもしれません)のアルバイト代をくださるとは思ってなかったので、なんとも良心的な会社だなというのが私の第一印象でした。

そして、配属されたのが、そのフランスワインを主に輸入し、国内で販売事業を行うチームでした。

ここの当時の話をすると長くなるので、そのあと、私は宣伝会議という専門学校を修了したあと、当時の名コピーライターであった恩師の推薦をいただき、都内の広告会社にコピーライターとして転職。

さらに、当時、務めていた会社のクリエイター有志で企画し、公募に応募した企画書が特別賞を受賞。

主に企画書のコピー制作を担当していた私は、その出来事がきっかけで、より大手の広告会社(博報堂グループ)へ転職がかない、そのあとはテレビCMからウェブ媒体まで、毎日、おそらく8社以上のクライアントの仕事を担当していました。

まさに寝る暇すらない毎日です。

終電を逃した後にタクシーで帰る日々や、または始発で帰宅する日々の連続でした。

ワーカホリックという言葉がまさにぴったり当てはまります。

そんな当時、たぶん名前を出しても大丈夫でしょうが、サントリーの広告制作案件で、入稿を目前に控えていたとき、日々の寝不足と激務がたたった私は、声がかすれてでなくなりました。

あまりにしんどいため、少しオフィスをぬけて、近くでまだ開いていたのが内科しかなかったので、某病院の内科を受診。

そこで出された薬を飲んだあと、事態が悪化しました。

熱が39度まであがり、のどが非常に熱くなり、呼吸困難に。

幸い、家に帰宅していたときの出来事で、当時の主人(私は再婚です)が、あまりに苦しむ私に対処ができず、救急車を呼び、そのまま、ベッドに空きがあった病院へと運ばれ、結局20日間も入院生活を送ることになってしまいました。

当時、そのサントリーの広告制作案件で、ディレクターを担当していた私は、責任感が強かったので、自分の体が悲鳴をあげているにも関わらず、心身の悲鳴を放置していた矢先の出来事。

喉の状態は、喉から胃の中まで帯状疱疹ができたため、呼吸困難になり、水を飲んでも喉が痛むため、絶対安静で一週間は点滴の日々だった記憶があります。

風邪を放置したことと、最初に受診したのが内科だったのが運の尽き。

もともと高校時代から、小林秀雄に憧れていたような変わった女の子だった私は、やはり物書きになりたい気持ちが強かったのですが、マスコミに就職する手段がなく、運よくもらえた教授推薦で、最初の食品メーカーへの就職を決めることができました。

ゲレ・アッティラ氏への話からずいぶん昔の想い出話まで。

話が長くなりすぎたので、何回かに分けて投稿することにします。

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