エルメス『ケリーバッグ』と南京錠の誕生秘話

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ケリーバッグと南京錠の誕生秘話

エルメス『ケリーバッグ』と南京錠の誕生秘話

可憐なフォルムのなかに凛とした気品が漂い、世界中の女性たちから愛され続ける『ケリーバッグ』。エルメスを代表するこのバッグの名前を聞くと、往年のハリウッド女優『グレース・ケリー』を思い出す方も多いかもしれませんね。今回はそんなケリーバッグの誕生秘話について、改めて取り上げてみたいと思います。

photo credit: oneredsf1 Grace Kelly 1929 – 1982 via photopin (license)

馬具メーカーとして出発したエルメスの歴史

エルメスは元々、馬具メーカーとして出発し、馬の鞍や自転車のサドル裏に装着するサドルバッグを販売していました。そのサドルバッグは時代とともに改良され、1935年に発売された製品がケリーバッグの始まりです。当時はまだケリーバッグではなく、『サック・ア・クロア(Sac-à-croire)』という名前でした。世間的には無名に近かったバッグでしたが、その後、世界中から爆発的な人気を得るようになる出来事が起こったのです。

プリンセスに転身した世紀の女優、グレース・ケリー

その気品に満ちた美貌からクール・ビューティと讃えられたグレース・ケリー。1955年、ハリウッド女優として人気絶頂だったグレース・ケリーはモナコ大公、レーニエ3世の元へ嫁ぎます。オスカー女優からモナコ公国の王妃というシンデレラ・ストーリーをかなえた彼女は、世界中の女性たちから羨望の的となりました。

エルメスの名を世界に知らしめた決定的な瞬間

モナコ王妃となると、いっそうマスコミから執拗に追われるようになったグレース・ケリー。彼女は最初の王女を身ごもったとき、妊娠の事実をマスコミに知られないよう、とっさに『サック・ア・クロア』でお腹を隠しました。そのときにパパラッチが撮影した写真が雑誌に大きく掲載されたことから、バッグ自体も世界的に注目を集め、その後の爆発的なセールスへとつながったのです。

モナコ王妃の名にあやかったケリーバッグ

photo credit: oneredsf1 Grace Kelly 1929 – 1982 via photopin (license)

エルメスの4代目社長、ロベール・デュマは、無名から時のバッグとなったサック・ア・クロアを、王妃にあやかって改名したいとモナコ公国との交渉を続けました。モナコとしては民間のブランドが王妃の名前を使用するなど、本来ならすぐさま拒否できたでしょうが、世界的に社会現象となってしまった以上、断る理由もなく、王妃の名前『ケリー』の使用をエルメス側に許可しました。こうしてサック・ア・クロアは『ケリーバッグ』に名を改め、エルメスを代表するバッグとなったのです。

ケリーバッグに南京錠(カデナ)がある理由

そんなケリーバッグのアクセントともいえるのが、南京錠の形をした『カデナ』。なぜ、バッグに南京錠なのかというと、 当時、サドルバッグの盗難事件が頻繁に起ったそうで、女性たちは被害に遭わないよう、バッグの蓋にカデナ(南京錠)を着けていました。ケリーバッグのカデナ(南京錠)は当時の風習の名残であり、ケリーバッグといえば人々がカデナ(南京錠)を連想するほど、バッグ自体のトレードマークとなったのです。

なんと言ってもケリーバッグの魅力は、「洗練」なのではないでしょうか。カッチリとしたバッグの底には、鋲が施されていて、大切なバッグに傷が付かないようになっていますし、フラップを開けたところの留め具にはエルメスの刻印が刻まれています。とことん高品質に作られたケリーバッグは、シンプルでありながらも、圧倒的な存在感のオーラを放っています。そして、持つ人の魅力をますます引き立てる、そんな魅力も持っているのです。

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